【加東】"兵庫の酒米『山田錦』生産システム"が日本農業遺産に認定!Vol.3|①技と情熱「倒して倒さず」

全国の酒造家から高い評価を得る兵庫県産の山田錦は、国内生産量の約6割を占める酒米のトップブランド。
2025年1月には「兵庫県の酒米『山田錦』生産システム」が、栄えある日本農業遺産に認定されました。
その決め手は、大きく分けると以下3つの評価ポイント。
1.気候風土「酒米買うなら土地見て買え」
2.技と情熱「倒して倒さず」
3.酒米の価値「酒米の王者」
兵庫県産山田錦の魅力をシリーズでお届けするこの企画。
第3回のテーマは、評価ポイントの"2.技と情熱「倒して倒さず」"。
まずは、最高品質の山田錦を生産されている三木市・殿畑営農組合組合長、山﨑広治氏にお話を伺いました。
先人の技と情熱を代々受け継ぐ殿畑の営農
三木市・殿畑営農組合組合長、山﨑広治氏。
兵庫県立農業大学校卒後、兵庫県農政環境部(現:農林水産部)に入庁。
農業改良普及員の資格を取得し、長年にわたり普及員として農政に尽力。
1996年3月に殿畑営農組合を設立し、スマート農業への取り組みなど、新しい技術への挑戦を続けています。
私の家は江戸時代の末期、慶応年間から5代にわたって続く米農家です。
山田錦の栽培を始めたのは3代目、私の祖父の時代から。
当時は、生産者と酒造家が助け合いながら、品質の向上に研鑽を積んだと聞いています。
この殿畑一帯は、実は明治時代に耕地整備を行っていた歴史があります。
建設機械も何もない時代に、50m×24mのほ場整備を手作業で仕上げたうえに、竹を使った暗渠(地下に埋設した水路)まで作っていました。
自宅を建てる時、敷地の下から、その暗渠が発見されたんですが、今だにその暗渠が活きていて、水が出てくるんです。
正直、驚きました。
私が子どもの時分ですら、牛を引いて唐鋤(からすき)で田を耕していたので、その50年以上前の先人の先見性や骨身を惜しまぬ努力に感服させられました。
殿畑の地に受け継がれる、まさに技と情熱ですね。
伝統的な施肥管理技術が「倒して倒さず」を支える
イネの茎の中心にできる、まだ未発達な穂の赤ちゃんのことを幼穂(ようすい)といい、その大きさで穂肥(ほごえ)のタイミングを見極めます。
山田錦の生産者が長年培ってきた経験と知識がなければ、「倒して倒さず」という成果は得られません。
良質な山田錦の栽培は、「倒して倒さず」と言われ、地面につく寸前まで穂を垂れる姿が良いとされます。
代表的な食用米である「コシヒカリ」は倒れて水没しても芽が出にくいですが、山田錦は水に浸かると穂発芽しやすく、倒れると収穫が困難になる。
そして、品質も低下するんです。
しかも丈が1mを超える山田錦。
根元の茎が長く伸びすぎると、倒伏のリスクが高まります。
そこで重要なのは、穂肥(ほごえ)と呼ばれる穂が出る(出穂)前に施す追肥の施用時期です。
山田錦の穂肥は、出穂の20日前と10日前、各1回ずつ施すのが最良と昔から言われてきました。
出穂の20日前、10日前の判断基準は、JAの栽培暦など参考資料もありますが、最終的にはその年の稲の成育具合を目視で確認してから行います。
確認方法は、茎の中に形成された非常に小さく柔らかい状態の幼穂(ようすい)と呼ばれる穂の赤ちゃんの成育状況のチェックです。
ほ場の数か所からサンプルの茎を抜き、茎数や草丈、葉色なども確認しますが、茎を縦に裂いて幼穂を露出させ、その長さが決め手となります。
※0.2mm程度になった時期が出穂20日前と言われています。
この時には幼穂だけでなく、茎数や草丈、葉色なども確認して穂肥の量を決めて、施します。
穂肥は倒伏させず、刈り取りまで米を太らせる、品質と収穫量を確保する重要なプロセス。
「倒して倒さず」には必要不可欠な生産者の腕の見せ所と言えるでしょう。
穂肥の時期は、こまめにほ場を回り、幼穂の確認を行っています。
省力化と品質向上を実現した「直播(ちょくは)栽培」
「直播(ちょくは)栽培で収穫した山田錦は、大きくて粒張りがいいですね。
現在、殿畑の山田錦の作付面積は20ha。
その3/4は直播、1/4は田植えによる栽培を行っています」と話す山﨑組合長。
伝統的な技の継承に留まらず、新しい技術やスマート農機の導入も、持続可能な山田錦の栽培を目指す上では大切な取り組みです。
殿畑では、14年前から稲の種もみを直接まいて稲を育てる「直播(ちょくは)栽培」を行っています。
稲の苗を作り植え付ける田植えより、労力が大幅に削減できる省力化を目指し、2年ほど実証実験を行ったのですが、直播栽培の山田錦の方が、粒の横幅が広くて肉厚、粒張りがいいうえに、心白(米粒の中心にある乳白色のデンプンの塊)が出やすいことがわかりました。
ちょうど田植え機の更新時期で、田植え機の更新か?新しく直播の機械を買うか?を営農組合に図ったところ「高齢化が進む中で新しい技術に取り組むべき」という意見にまとまり、新たに直播の機械を導入し、本格始動しました。
例えば、30a(約900坪)の水田の田植えは、苗を苗代から運び、田植え機に積んで、なくなれば積み足してと、6人ほどの人手で90分くらいかかりましたが、直播栽培の場合は同じ広さが2人で約40分。
大幅な省力化が実現できました。
殿畑の昨年度実績は、収量は減りましたが、最高級品質の「特上」が20%、次の「特等」が70%と、かなり良い結果になっており、省力化に加えて、品質的にも安定して高成績をキープできています。
スマート農業への取り組みも先進的に実施
28戸の農家からなる殿畑営農組合では、農機を共同購入しているので、1軒あたりの負担も軽減されます。
また、補助事業をうまく活用しながら、大型ドローンや直進アシスト付き田植え機など、スマート農機の導入も積極的に取り組んでいます。
昨年の2024年にはドローンを導入しました。
これは、1回に50kgの肥料を積める大型のもので、直播や穂肥、農薬散布にも活用しています。
特に農薬散布は、出穂の直前に散布するのが効果的なのですが、以前は無人ヘリ防除を委託していたため、日程調整ができず、適期での散布ができないことがありました。
しかし、ドローンを導入したことによって、その年の山田錦の成育に合わせた、最も効果が高いタイミングでの散布が可能に。
しかも、薬剤の調合や撒き方も自分たちで調整できるので、より効果的にまんべんなく散布できるようになりました。
環境保全を大切にした持続可能な営農を目指して
最高品質の山田錦産地「特A地区」に指定されている、自然豊かな殿畑でスクスクと育つ山田錦。
直播栽培やドローン導入など、省力化に向けての取り組みは、今までさまざまに行ってきましたが、すべてが順風満帆に成功してきたわけではありません。
以前、一度の施肥で長期間にわたって効果を発揮する一発肥料を施用していた時期がありました。
これは、マイクロプラスチックにコーティングされた肥料が、水温によってゆっくり溶け出す緩効性肥料で、施用しただけで穂肥の必要がない効率的なものでした。
ただ、マイクロプラスチックの殻が残ってしまい、水田から河川、海まで流れていって、海洋汚染の一因になることがわかったんです。
1回で済む一発肥料はコストも労力も抑えられ、米農家にとっては有益でした。
しかし、山田錦の作り手が海洋汚染を起こし、環境に負荷をかけている事実は、どうにも忍びがたく、一発肥料の施用を断念しました。
高齢化が進む営農を持続するために、省力化や効率化は重要な取り組みですが、環境の保全もまた、私たちにとって大切な課題。
新しい取り組みも、常に試行錯誤が求められますね。
作れば作るほど奥が深い山田錦
1889年創業の三木市の酒蔵、稲見酒造で仕込んだ「純米大吟醸 殿畑」は、最高品質の山田錦を50%まで精米した贅沢な大吟醸。
まろやかな旨味と芳醇な香りが楽しめる逸品です。
山田錦は出穂のあと、籾殻の中で米の粒が成長して栄養をため込む登熟期に入ります。
ここで、十分に栄養を溜め込んでから刈り入れになるのですが、収穫時期の目処は、登熟期の積算温度が1050℃から1100℃ぐらいと言われています。
例えば、平均気温25℃×40日間なら1000℃。
毎日の平均気温を積算するわけです。
でも、近年は温暖化の影響から、積算温度が短期間で1050~1100℃に到達してしまいます。
今までは10月10日を過ぎていた刈り入れ時期が、昨年の2024年は10月3日頃と1週間以上早い。
本来なら、ゆっくり時間をかけて太る米粒が、一気に膨れてしまい、粒が小さくて薄っぺらになってしまう。
だから、登熟期を少しでも長くしようと、直播や田植えの時期を10日ほど後倒しにして様子を見守っています。
収穫して、精米すれば、すぐに食べられる食用米と違い、山田錦の場合は、収穫した酒米を蔵元に入れて、お酒として醸して、新酒が完成するのは翌年の2月頃。
ちゃんといい酒米だったのか?成果が出るのに時間がかかります。
それでも、粒の張りがグッとよく伸びて、厚みがある会心の山田錦がとれた時は、やはりうれしいものです。
「ああ、今年はいいな。これやったらおいしいお酒ができるな」と。
山田錦は、本当に作れば作るほど奥が深いと実感しています。
これからも、より多くの人においしい山田錦のお酒を飲んでもらうために、次世代に残せる農業に取り組んでいきたいですね。
豊かな実りをつけた殿畑の「倒して倒さず」の風景。
問い合わせ先 | 北播磨県民局 加東農林振興事務所 |
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電話番号 | 0795-42-9422(平日9:00〜17:00) |
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