【灘五郷】日本有数の酒どころを支える山田錦|灘五郷の原料対策委員会委員長に聞く

西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷の5つの地域からなる日本を代表する酒どころで、25もの酒蔵が軒を連ねる「灘五郷」。
その酒造りに欠かせないのが、リンやカルシウム、カリウムなどのミネラルを多く含む、酒造りに理想の水である宮水と、酒米の王者として全国的に名高い山田錦です。
今年、日本農業遺産に認定された兵庫の酒米「山田錦」生産システム。
そこで山田錦を深く知る灘五郷酒造組合の原料対策委員会の委員長を務める、西向賞雄さんにお話を伺いました。
西向さんは沢の鶴株式会社の製造部部長と総杜氏代行も務める酒造りのプロフェッショナルです。
山田錦との初めての出会い
最適な土壌と気候が良質な山田錦の生産には欠かせません。
だからこそ、昔から「酒米買うなら土地見て買え」という格言があるんです。
例えば、凝灰岩または頁岩が風化してできたミネラルに富んだ粘土質の土壌。
そして、登熟期となる8月末から10月にかけて昼夜の寒暖差が大きいこと。
その条件にぴったり合うのが山田錦の特A地区といわれるエリアです。
私は山田錦の特A地区にほど近い神戸市北区の出身。
子どもの頃に学校の行事の一環で農家に見学に行った覚えがあります。
その時に、「このお米はみんなが食べるお米とは違うんだよ」と言われました。
「何のためのお米なんだろう」と疑問に思ったことを不思議と覚えています。
思えば、それが私と山田錦との最初の出会いだったんだと思います。
西向さんは山田錦との最初の出会いから始まり、十数年にわたる産地とのつきあいを静かな口調で熱く語ってくれました。
産地と酒蔵との強いつながりを表す村米制度
田植えから約60日後の田んぼの様子。
しっかりと苗が根付いているのがわかります。
江戸時代の農民は米を税金として納めていました。
いわゆる年貢米ですね。
それが明治維新の地租改正からは税金がお米からお金に変わりました。
そうすると、いいお米を作ろうというよりも、お金を稼ぐために量を作ろうという方針に転換する農家さんも多くなってくるわけです。
それは良質な酒米を安定して確保したい酒蔵にとっては、困ったことでした。
そこで、酒蔵は良質な酒米を求めて産地を探して、酒米作りに長けた産地集落と良好な関係を結んでいきました。
その結果、酒米の契約栽培制度である村米制度が生まれたのです。
「酒米買うなら土地見て買え」という先ほどの格言は、こういったプロセスのなかで生まれたのかもしれません。
灘五郷の原料対策委員会に参加
醸造部の部門長になった十数年前に、酒造りに欠かせない原料の安定供給を目的とする灘五郷酒造組合の原料対策委員会の会議に出席するようになりました。
その頃は入社して20年ほど経っていて、醸造部の責任者にもなっていましたから酒造りのことは、ある程度わかっていました。
でも会議で求められるのは、山田錦という酒米の品質を確保しながら、どう安定供給していくかについての意見。
栽培の現場を知らない自分の意見がどうも的外れに思えて仕方なかったんです。
そこで、村米契約を結んでいる実楽(三木市吉川町実楽)の営農組合長にお願いをして、農家さんの話を聞いたり、山田錦が成育していく姿を観察するようになりました。
三木市吉川町実楽に通い始めた頃のことを語り始める西向さん。
毎週末に時間を決めて田んぼを観察
山田錦は、表面がさらっとしていて粘つかず「さばけがいい」という。
ほぐすために触っていても手触りが気持ちがいいのだそう。
酒造りでは、昔から「もろみの様子を見るなら朝一番がいい」と言われてきました。
夜は櫂入れや仕込のようなもろみへの手入れがないため、もろみの状態がその表面に素直に表れます。
田んぼも同じです。
早朝は人や生物の活動が本格的に始まっていなくて、気温が上がりきっていないから、風もおだやかで田んぼを観察しやすい。
だから、毎週末に朝の5時半と時間を決めて、実楽の集落に通っていました。
学生時代は生物学を専攻していたので、観察するだけだとやっぱり物足りないんですね。
農家さんから、せっかくいいお話を聞けても忘れてしまうし、写真を撮っておかないと、ほかの人に微妙な違いを説明できないんです。
そこで取材した内容をもとにレポートを作成するようになりました。
このレポートをまとめていく作業のなかで、田んぼの状態や山田錦の成育についての理解がより深まっていったと思います。
レポートが完成したので、実楽の営農組合長さんに進呈したら、「これは貴重な記録だ」とすごく喜んでいただけました。
西向さんがまとめたレポートの抜粋。
写真を日付とコメントとともにまとめてあって非常にわかりやすい。
「酒米買うなら土地見て買え」
実楽の集落には間近まで里山が迫り、北から南へと桜並木が続く北谷川が流れています。
稲穂のなかに栄養分を蓄える8月末から10月の登熟期の昼夜の寒暖差が大きいと、よりよい酒米が育ちます。
里山の高さはさほど高くないので日中は気温が上がりますが、夜になると温度の低い空気が里山の斜面をつたって降りてくる絶好の環境。
土は粘り気のある粘土質で、柔らかくて根が張りやすく、保水力が高いのが特徴。
実楽という集落は、このように良質な酒米がとれる条件をすべて満たしているのです。
沢の鶴は村米制度が始まる前から、実楽の集落と酒米の取り引きを結んできたといいます。
まさに「酒米買うなら土地見て買え」。
古くから灘五郷の蔵元の間で語り継がれてきた格言の通り。
米屋から始まった沢の鶴ならではの先見性だと思います。
先人の知恵に感服ですね。
沢の鶴資料館には、江戸時代から連綿受け継がれた酒造りの資料が展示されています。
山田錦とその他の品種の稲穂も展示。
ひと目で山田錦の丈高さがわかります。
村米地区での田植えは恒例行事
山田錦は最適な栽培環境となるように、食用米よりも株と株の間をあけて植えられます。
西向さんは「田植えの定規」の目印に合わせて、植えていきます。
今年も6月に田植えをしてきました。
十数年も体験させてもらっていると色々とわかってくるんですが、田植えの時に裸足で田んぼに入ると田んぼの泥の温度や滑らかさが感じられます。
そして、泥の下に隠れて見えない土の層が堅めであることも理解できます。
泥の部分は作土層といって、稲の成長に不可欠な栄養分を蓄えています。
その下は、水を通しにくく、水田に水をためる重要な役割を持っている鋤床層(すぎどこそう)。
さらに下には心土という層があって、山田錦はこの心土の奥深くまで根を張るんです。
コシヒカリなど食用米は成長しても80cm程度にしかなりませんが、山田錦は110cm以上と丈高く育ちます。
そのうえ穀粒も大きいから稲穂が重い。
良質な山田錦の栽培は、よく「倒して倒さず」と言われますが、これは稲穂の重みで地面に触れそうなほど倒れ、でも穂先が地面に触れない状態を表しています。
地面に触れてしまうと、穀粒が発芽してしまったり、痛んでしまったりして、良い酒米にはなりません。
「倒して倒さず」にまで持っていくのが、生産者の腕の見せどころ。
そのためには、深く深く根を張ることのできる土壌づくりが、とても大切です。
裸足で田んぼに入れる田植えは、前行程の田おこしや代かきがうまくいってるな、と実感できる貴重な機会。
田植えを終えて「今年もいい酒米ができそうだ」と感じられました。
沢の鶴の社員さんたちも参加しての田植え。
農作業のたいへんさと喜びを肌身に染みて実感し、それをお酒造りに生かしていきます。
取材を終えて
米屋として始まった酒造メーカーだけに、資料館前にうずたかく積まれた酒樽にも屋根瓦にも米印のマークが刻まれています。
沢の鶴は米屋を営む初代が、副業として酒造りを始めたことが始まり。
その歴史は300年以上もの長きに渡っています。
それゆえ、酒米の産地「実楽」とのつきあいも数世代前に遡り、その名を冠した「特別純米酒 実楽山田錦」の存在に象徴されるよう、特別な信頼関係を築いてきました。
酒米の王者たる山田錦は、酒造メーカーとの密接な関係のもとに育まれたお米なんだなということが実感できる取材でした。
手間暇かけた生酛造りならではのキレのある旨みときめ細やかな口当たりが魅力の「特別純米酒 実楽山田錦」。
名水百選に選ばれている灘の宮水を仕込み水に使った灘五郷ならではの酒です。
施設名 | 沢の鶴資料館 |
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住所 | 神戸市灘区大石南町1-29-1 MAP |
休館日 | 水曜日、盆休み、年末年始 |
電話番号 | 078-882-7788 |
開館時間 | 10:00~16:00(日曜日は除く) |
アクセス | 阪神大石駅 徒歩10分 |
HP | 沢の鶴資料館【公式HP】 |
問い合わせ先 | 北播磨県民局 加東農林振興事務所 |
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住所 | 加東市社1075-2 MAP |
電話番号 | 0795-42-9422(平日9:00〜17:00) |
アクセス | JR社町駅 車10分 |
HP | 北播磨県民局 加東農林振興事務所【公式HP】 |
その他 | お問い合わせ・ご予約の際は「まるはりorみたい」を見た。とお伝えいただくとスムーズです。 |
【撮影/竹村信吾】
【インタビュー・文/中島正義】