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【加東】"兵庫の酒米『山田錦』生産システム"が日本農業遺産に認定!Vol.4|①酒米の価値「酒米の王者」

【加東】
目次

    酒米出荷量で全国の約6割を占める兵庫県産の山田錦は、検査等級において「特上」及び「特等」の割合がほかの生産地域より格段に多く、量・質ともに日本一を誇る酒米ブランドです。

    そして、2025年1月には「兵庫県の酒米『山田錦』生産システム」が日本農業遺産に認定されました。

    その認定の決め手は、大きく分けると以下3つの評価ポイント。
    1.気候風土「酒米買うなら土地見て買え」
    2.技と情熱「倒して倒さず」
    3.酒米の価値「酒米の王者」

    兵庫県産山田錦の魅力をシリーズでお届けするこの企画。
    第4回のテーマは、評価ポイントの3、酒米の価値「酒米の王者」。

    今回は「山田錦の守り人」とも言える酒米試験地を訪ね、研究員の池上勝さんに山田錦誕生の経緯や種子管理、現在の課題などのお話をたっぷりお伺いしました。

    兵庫県で初めて交配育種法により誕生した山田錦

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    兵庫県は1928年に全国唯一の酒米専門の研究機関「酒造米試験地」を開設。
    後に名称を「酒米試験地」と改称し、酒米の新品種育成、栽培技術の開発や研究などを行い、兵庫県産山田錦の生産性の安定化や品質の維持・向上を支えています。
    写真は現在の兵庫県立農林水産技術総合センター 農業技術センター 農産園芸部「酒米試験地」の「酒米研究交流館」。


    ───まずは、山田錦が誕生した経緯を教えてください。

    山田錦は兵庫県で初めて交配育種法で育成された水稲品種です。

    1923年に兵庫県立農事試験場種藝部(現:兵庫県立農林水産技術総合センター農産園芸部)で、山田穂(やまだぼ)を母株に、短稈渡船(たんかんわたりぶね)を父株として人工交配が行われました。

    山田錦が生まれる前は、岡山県の「雄町」という酒米が、現在の山田錦のように日本一の酒造好適米でした。
    吸水性に長けていて、米粒の中心にある心白が大きいのが特徴で、滋賀県の「渡船」と同種とされています。

    一方の「山田穂」は、兵庫県で栽培される酒米の主要品種でしたが、草丈が高く倒れやすいことが難点でした。
    そこで、「渡船」から選抜された系統で、草丈が短くて倒伏しにくい「短稈渡船」が交配親に選ばれました。

    兵庫県の酒米の奨励品種(当時は「原種」と表現)に指定されたことが兵庫県の県報で告知された1936年2月27日が正式な誕生日とされています。

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    山田錦の育成中の名称(系統名)は「山渡(やまわた)50-7」。
    もともと品種名は「昭和」とする予定でしたが、母親の「山田穂」にちなんで「山田錦」になったそうです。
    酒米試験地には、「昭和」の文字が残る貴重な資料も保存されています。

    日本酒造りに適した条件を兼ね備えた「酒米の王者」

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    酒米試験地で研究員を務める池上勝さん。
    神戸大学院農学研究科修了後、兵庫県に入庁。
    30年以上を酒米試験地で、酒米の品種育成や栽培技術の開発に携わってきた山田錦のマイスター。


    ───「酒米の王者」と呼ばれる評価のポイントは何ですか?

    山田錦は酒米の奨励品種に指定はされましたが、最初から評価されたわけではありません。
    酒造家も使い慣れた酒米を変える必要性はないですから。

    でも、山田錦の千粒重は食用米「コシヒカリ」の1.2倍の約28gと大粒で、米の半分以上を磨く大吟醸酒などの醸造に適した高精米が可能です。

    お酒の雑味のもとになるタンパク質が少なく、心白(しんぱく)と呼ばれるお米の真ん中に白い部分があります。
    心白があるとお米の中への吸水が良く、麹菌が菌糸を伸ばしやすいなど、良質の麹が作りやすい。
    山田錦の心白のお米の横断面での形状は「線状心白」が多く、高精米が可能など、酒造りに適しています。

    極端な表現を使うと、山田錦が酒造りをコントロールしてくれるというか、とにかく安定した酒造りができる酒米。
    これほど日本酒造りに適した特性を持った酒米は他にはないのではないでしょうか。

    1980年代からの吟醸酒ブームも追い風になり、山田錦の評価は酒造家に限らず、一般消費者にも広がり、「酒米の王者」の名は不動のものとなりました。

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    酒米試験地では酒米に関する貴重な資料や展示物があります。
    写真は稲の長さを比較した酒米の展示で、山田錦は右から8番目。
    2番目に長い「山田穂」と、4番目に短い「渡船2号(短稈渡船)」の中間に位置しています。

    品種特性を維持した種子生産が山田錦の品質を支える

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    池上さんや酒米試験地のスタッフは7,000株もの「原原種」をチェックし、遺伝的な純度を保つための選定を担う、まさに「山田錦の守り人」と言える存在。
    山田錦の品種特性の維持は代々、酒米試験地で行われてきました。


    ───兵庫県産の山田錦は徹底した種子管理をされていると聞きました。

    稲を自然に育てていると、突然変異が起こることがあります。
    そんなリスクを分散するために、複数の系統で兄弟をつくり、種の品種特性を維持しているのです。

    まず、JAなどを通じて生産者に渡るのが「採種(農家が利用する種子)」ですが、厳密に言うと、これは第4世代にあたります。
    その「採種」を作るための種子が第3世代の「原種」、「原種」の種子が第2世代の「原原種」。
    そして、「原原種」の種子が兵庫県産山田錦の大本「育種家種子(原原原種)」となり、4段階の過程を経て生産されています。

    稲は1年に1回しか収穫できないので、農家さんの手に渡る「採種」は4年の歳月をかけて作られたものです。

    現在の兵庫県産山田錦の「育種家種子」は14系統、つまり14兄弟で維持しています。
    酒米試験地では、1系統につき約500株を育て、その中から200〜300株を選定します。
    それが「原原種」になります。

    そして、その「原原種」の中から、計測した茎の長さや数などの数値をもとに、より平均に近い1株のみを厳選します。
    14系統それぞれに1株、計14株が次の「育種家種子(原原原種)」となります。

    通常、稲の品種が作物として需要がある期間は平均で十数年、長くても70年ほど。
    来年の2026年に生誕90周年を迎える山田錦は、かなり長寿と言えます。
    それを可能にしているのが、この遺伝的形質を守る種子生産システム。
    兵庫県にしかない唯一無二の山田錦を守る重要な役割とあって、緊張感をもって取り組んでいます。

    種子生産システムは生産者への安定供給の面でも成果を発揮

    ───種子生産システムは、品種特性の維持以外の目的はありますか?

    山田錦の栽培には、1haあたり約30kgの「採種」が必要です。
    2024年度の山田錦の作付面積は約4,800haなので、約150tの「採種」がなければなりません。

    しかし、1株からとれる種子は、わずか30〜40g程度。
    ここから、原原種、原種と約1,000倍ずつ種子を増やしていきます。
    そのため多くの「採種」を生産するには14系統という、系統の数が必要になってきます。
    種子量の安定供給を目指すうえでも、現在の種子生産システムは、有効だと言えます。

    「育種家種子」と「原原種」は酒米試験地で、「原種」は県立農林水産技術総合センター原種農場で生産。
    「採種」は加東種子生産組合で委託生産されています。

    このように兵庫県で計画的に生産された「採種」から育った酒米だけが、兵庫県産山田錦の名を冠することができるのです。

    検査等級において、「特上」及び「特等」の割合がほかの生産地域より格段に多く、100年以上の歴史を持つ格式高い全国新酒鑑評会でも数多くの金賞酒を輩出する兵庫県産山田錦。
    その品質を守るために、各段階で厳格な審査が行われ、細心の注意を払いながら生産に取り組んでいます。

    温暖化対策として、暑さに強い酒米の開発をスタート

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    酒米試験地の裏には、田植えの時期を3段階にずらし、稲の生育状態を観察するなど、さまざまな栽培実験を行うほ場があります。


    ───現在の課題や新しい取り組みなどはありますか?

    現在、一番の課題は温暖化の影響です。
    山田錦に限りませんが、高温で登熟すると消化性が落ちてしまう。
    デンプンの構造自体が変わってしまうんです。
    デンプンが十分に蓄積されず、白く濁って見える乳白粒や背中が白い背白粒など、高温の影響は看過できない状況です。

    田植えの時期を遅らせる、施肥管理をさらに厳密にするなど、栽培時に対策することで影響を軽減していますが、さらに温度が上がってしまうと生産技術では手に負えなくなります。

    そこで、長期的な観点からの対策として、暑さに強い酒米の開発準備を検討しています。
    まずは、JA全農や酒造組合、酒造メーカーさんなどの関係者の方からご意見をいただいています。

    育種方針は完全に決まっていませんが、ヒアリングと同時進行で、交配の材料や溶けにくさを軽減できる遺伝子の特定など、準備は粛々と進めています。

    ただ、山田錦があまりに素晴らしい米なので、山田錦の特性を維持したうえで暑さに強い品種を開発するのは、至難の業であることは間違いありません。

    兵庫県の誇りでもある伝統的な山田錦を守り続けるのと同時に、未来への備えを怠らないことが私たちの役割です。
    責任は重大ですが、これからも自分たちにできることを一歩ずつ進めていきたいと考えています。

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    酒造米試験地(現:酒米試験地)では、1932年から山田錦の現地適応性試験が行われました。
    酒米の研究が確立されていない時代、系統ごとの比較試験や、肥料・日照条件などの栽培試験を地道に取り組み続けたのが、初代主任の藤川禎次氏。
    酒米試験地には、その記録や資料が残されています。

    施設名 兵庫県立農林水産技術総合センター 農業技術センター 農産園芸部 酒米試験地
    住所 加東市沢部591-1 MAP
    電話番号 0795-42-1036
    アクセス 社IC 車10分
    問い合わせ先 北播磨県民局 加東農林振興事務所
    住所 加東市社1075-2 MAP
    電話番号 0795-42-9422(平日9:00〜17:00)
    アクセス JR社町駅 車10分
    HP 北播磨県民局 加東農林振興事務所【公式HP】
    その他 お問い合わせの際は「まるはりorみたい」を見た。とお伝えいただくとスムーズです。
    2025年11月25日時点での情報です。
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